2006/12/21

エリカ

エリカとフクロウ、お互いを紹介したのはまさにこの僕だった。

紹介というにはいささかブシツケに過ぎた感もある。カフェでたまたま「同席」したというほうがむしろ正確だろう。

僕の横に座ったエリカに、フクロウは「どうも。」と吃ったように言い、後は遠くの方を眺めながら葉巻を吸うだけだった。会話が弾むはずもなく、僕とエリカは先にカフェを出た。「つまらなかった?」「別に」。

その後エリカと僕の間でフクロウの話題が上ることはなかった。またフクロウと一緒に仕事をするようになり、事務所で僕がエリカの愚痴を言う時だって、フクロウは「あくまで一般論として」と常に前置きをおいた上で彼なりのアドバイスをくれるだけだった。

「あくまで一般論として、オカネもガクもコネもなしにパリで成功しようとする無謀な男に、女が本気でついてくると思うかい?ブロンドだってちゃんとオトコを見抜く事ぐらいできるのさ。」強いクセ毛で黒髪の彼はブロンドによほどコンプレックスがあるのか、ことあるごとにブロンド、ブロンドと呻いていた。

フクロウの先入観は残念ながら少し間違っていたと思う。エリカはとにかく賢かった。賢すぎてガクがない僕にはいささか窮屈でさえあった。

だから僕が彼女の素行に疑問を抱き、一つ質問を投げたとしても、それは彼女から僕への十の手痛い質問となって返ってくるだけなので、僕は彼女が何をしているのかあまり把握していなかったし、把握しようともしていなかった。

そして彼女が僕のもとを去ると伝えてきた時も、僕はそれまでのことはおろか、僕のもとを去る理由さえも聞かなかった。もう今となってはどうでもいいことだ、そう思って電話を切ったのだ。

彼女との別れは丁度僕とフクロウのビジネスが軌道に乗り始め、クライアントの期待に応える自信がつき始めた頃だった。オンナのことよりも仕事、僕は虚勢をはってみせた。



僕の「疑い」はエリカとフクロウの「女と男としての関係」に関する事ではなかった。百歩譲って二人がそういう関係であったとしても、もう今となってはどうでもいいことだ。


僕の関心は、エリカが着々と"それ"を進めていたのではないか、ということにあった。恐らくフクロウはそれを担いでいたはずだ。僕のカンが正しければ、それはバンコクで進められているに違いない。

タイの首都バンコクは彼女の好きな街だ。ことあることに僕にバンコクの話をしてくれた。一方でフクロウが我々の目的地として指定したクアラルンプールにエリカは縁もユカリもない。フクロウの話はきっと僕に対するまやかしだ、そう思った。

とにかくクアラルンプール行きのチケットのことはどうでもいい、すぐにバンコクへ向かおう。


僕は空港行きの電車を待つのがとてもまどろっこしいと思い、駅の前に停まっていたキャブに空港へ急ぐよう伝えた。

ルノーの中古をムリヤリ業務用に用立てたかに見えるそのキャブは、不機嫌なエンジンを一噴かしするとパリの北西へと向かった。





(作り話 つづく(かは分からない))



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1 件のコメント:

De rien さんのコメント...

いやーおもしろい!
少しずつ読み進められるのがいいわ。
これぞショートの醍醐味ね。
なんかハラハラワクワクする。
次の展開が楽しみデス♪