2007/01/25

バンコク深夜

ホテルのロビーを出た。

バンコクの暗闇の中を走るべく、ホテル前に停まっていたタクシーに乗り込む。

僕とエリカは目をあわせ、ほっと息をついた。

そして僕は、僕の手をそっと握る彼女の手の温かさに気づいた。

バンコクは夜が更けてもその喧噪が静まる事は無く、人々の欲望と寂しさと悲しみと虚栄を全部織り交ぜて、ますますネオンを輝かせている。



そんな街の光景をみつめていると、タクシーは意外なところで停まった。

そして僕の横のドアをあけてくれた紳士がいた。

フクロウだった。

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エリカは叫びに鳴らない声を上げると、反対側のドアから飛び出そうとした。ドアはなぜか開かない。

僕は状況を掴めず、とりあえずフクロウに「やあ」と間抜けな挨拶をした。

フクロウは言った。「ご苦労さま。」

僕はエリカの方を振り返った。エリカは観念したようにうつむいた。
そして一言、小さく僕に囁いた。「本当はあなたとずっと一緒にいたかったから。」

そう言い残すと、ブルガリ国の末裔は、大男の手荒いエスコートを受けながらベントレーに乗り込んだ。

何度も何度も振り返り、僕をみつめる彼女の表情を、僕は今でもよく思い出す。 


(フィクションでした おしまい)


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2007/01/23

ブルガリ

エリカは、最近はすっかりパリとバンコクの往復の生活だ、と言った。

パリ北駅で見かけたエリカの残像のことについて尋ねてみたが、チガウトオモウ、と言う。まあそのことはもういいだろう。僕の勘違いかもしれない。

とにかく僕は彼女に今まで聞けなかった事の幾つかを今度こそ確かめようと意を決した。

「君が何度もタイに行っていたのは、バカンスのためじゃないね。あいつらのマツエイはタイにいる。それを確かめるためだろう?」。

「さすが人探しのプロね。」彼女はそう応えると、あとは否定も肯定もしなかった。

「とにかく私があなたに伝えておかなければいけないのは、、あなたも私もここに長くは居れないってこと。じきにフクロウ達がやってくるわ。あなたも同業者なら分かるでしょう?」。僕は小さく頷くと、Lipsの腕時計の針をもう一度確かめた。

...........

あいつらの末裔とは、それはつまりブルガリ国の王族の末裔のことだ。

東欧に位置するブルガリ国の王制が共産革命で倒れた際、王族は処刑を逃れてパリに亡命し、その後身分を隠してひっそりと生き続けていると長い間信じられていた。

その後時代もまた変わり、ブルガリ国及びその周辺諸国の独裁的共産政権が倒れた。

そして元々の王位継承者を再び元首に沿え、王制国家として国の威信を取り戻すべきという政治運動が高まった。そこで権力のおこぼれに預かろうとする人々は国を跨いで末裔探しに血眼になっていたわけだ。

そこに僕らのビジネスが成り立っていた経緯がある。

僕らのクライアント、つまりブルガリ国の豊富な金鉱資源の採掘権掌握を狙うダビアスグループからは、個人事務所がバイトを雇ってやっていくには十分すぎるくらいの資金が入っていた。

でも末裔はパリにはいなかった。すくなくとも僕の心ばかりのプロフェッショナリズムの誇りをかけていえば、そうである。フクロウとバイトと僕の三人でパリ中のありとあらゆる住民台帳を調べ、ありとあらゆる番地をつぶしていった。

パリではなくタイにブルガリ国の末裔がいる、という噂は一部の同業者の間でも囁かれていたし、僕もその可能性はあると思っていた。タイ北部の革命ゲリラはブルガリ王族をかくまうことでその莫大な財産の一部を手に入れ、タイ警察権力も立ち入れないくらいの影響力を保っていたと考えれば合点が行く。



「とにかく、もうここには居れないわ。」彼女は僕に一緒に部屋を出るように促した。


(フィクション つづく)


※暫くお休みしていましたが、今後もたまに更新していく予定です。



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