バンコク深夜
ホテルのロビーを出た。
バンコクの暗闇の中を走るべく、ホテル前に停まっていたタクシーに乗り込む。
僕とエリカは目をあわせ、ほっと息をついた。
そして僕は、僕の手をそっと握る彼女の手の温かさに気づいた。
バンコクは夜が更けてもその喧噪が静まる事は無く、人々の欲望と寂しさと悲しみと虚栄を全部織り交ぜて、ますますネオンを輝かせている。
そんな街の光景をみつめていると、タクシーは意外なところで停まった。
そして僕の横のドアをあけてくれた紳士がいた。
フクロウだった。
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エリカは叫びに鳴らない声を上げると、反対側のドアから飛び出そうとした。ドアはなぜか開かない。
僕は状況を掴めず、とりあえずフクロウに「やあ」と間抜けな挨拶をした。
フクロウは言った。「ご苦労さま。」
僕はエリカの方を振り返った。エリカは観念したようにうつむいた。
そして一言、小さく僕に囁いた。「本当はあなたとずっと一緒にいたかったから。」
そう言い残すと、ブルガリ国の末裔は、大男の手荒いエスコートを受けながらベントレーに乗り込んだ。
何度も何度も振り返り、僕をみつめる彼女の表情を、僕は今でもよく思い出す。
(フィクションでした おしまい)
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