2007/01/23

ブルガリ

エリカは、最近はすっかりパリとバンコクの往復の生活だ、と言った。

パリ北駅で見かけたエリカの残像のことについて尋ねてみたが、チガウトオモウ、と言う。まあそのことはもういいだろう。僕の勘違いかもしれない。

とにかく僕は彼女に今まで聞けなかった事の幾つかを今度こそ確かめようと意を決した。

「君が何度もタイに行っていたのは、バカンスのためじゃないね。あいつらのマツエイはタイにいる。それを確かめるためだろう?」。

「さすが人探しのプロね。」彼女はそう応えると、あとは否定も肯定もしなかった。

「とにかく私があなたに伝えておかなければいけないのは、、あなたも私もここに長くは居れないってこと。じきにフクロウ達がやってくるわ。あなたも同業者なら分かるでしょう?」。僕は小さく頷くと、Lipsの腕時計の針をもう一度確かめた。

...........

あいつらの末裔とは、それはつまりブルガリ国の王族の末裔のことだ。

東欧に位置するブルガリ国の王制が共産革命で倒れた際、王族は処刑を逃れてパリに亡命し、その後身分を隠してひっそりと生き続けていると長い間信じられていた。

その後時代もまた変わり、ブルガリ国及びその周辺諸国の独裁的共産政権が倒れた。

そして元々の王位継承者を再び元首に沿え、王制国家として国の威信を取り戻すべきという政治運動が高まった。そこで権力のおこぼれに預かろうとする人々は国を跨いで末裔探しに血眼になっていたわけだ。

そこに僕らのビジネスが成り立っていた経緯がある。

僕らのクライアント、つまりブルガリ国の豊富な金鉱資源の採掘権掌握を狙うダビアスグループからは、個人事務所がバイトを雇ってやっていくには十分すぎるくらいの資金が入っていた。

でも末裔はパリにはいなかった。すくなくとも僕の心ばかりのプロフェッショナリズムの誇りをかけていえば、そうである。フクロウとバイトと僕の三人でパリ中のありとあらゆる住民台帳を調べ、ありとあらゆる番地をつぶしていった。

パリではなくタイにブルガリ国の末裔がいる、という噂は一部の同業者の間でも囁かれていたし、僕もその可能性はあると思っていた。タイ北部の革命ゲリラはブルガリ王族をかくまうことでその莫大な財産の一部を手に入れ、タイ警察権力も立ち入れないくらいの影響力を保っていたと考えれば合点が行く。



「とにかく、もうここには居れないわ。」彼女は僕に一緒に部屋を出るように促した。


(フィクション つづく)


※暫くお休みしていましたが、今後もたまに更新していく予定です。



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