2007/05/25

ご挨拶

皆様

ご無沙汰しております。
ブログは暫くお休みしています、て半年前からですから見ればわかりますね、ハイ。

最近またいろいろ書きたい欲求が溜まってきたのでブログを再開するかもしれませんし、
いやもしかしたら書くのはまた半年後になってしまうのかもしれません。

とにかくそれまでしばしお休みです。

ではまた。

2007/02/01

マイクロクレジット

少し前の夕暮れ時、僕はある所でボートに乗っていた。
甲板から外の風景を眺めていた。

隣の男が携帯を使って電話していた。
それ自体は気にならなかったのだけど、でも自然と聞こえてくるその言葉、一瞬フランス語か、と思ったのだが、あとはなんだかズーズー弁みたいになってよくわからない。
それでつい横をチラチラみてしまったのだが、男は電話を切った後、「うるさくしてすまない」と僕に言った。

どこの言葉か聞いてみると、ルワンダの言葉らしく、フランス語の語彙もミックスされた言葉らしい。

僕も暇だったからついでに世間話をしていた。
彼は人権法を学ぶルワンダ出身の学生だった。
僕はルワンダに関する少ない知識のなかで、一つ気になったルワンダ大虐殺について聞いた。
彼は、これはフランスのせいだ、だが今は平和な国で外国人が街を歩いていても何の危険も無い、といった。

ボートを降りると、彼は僕の泊まるホテルを地図片手に一緒に探してくれた。
途中ベンチに座る人に「すいませんが、、」とホテルの場所を聞こうとしてくれた。
しかしその白人にきつい口調で"what do you want?"と英語で一言返され、
真っ黒の彼の顔が一瞬曇ったような感じになった。少しかわいそうになった。

最後ホテルをみつけて別れ際、僕は「明日食事をどうだろう?」と誘った。

彼とは翌日、近くのバールで軽い食事とビールを一緒にとった。

そこで他愛もない話をして別れたのだが、彼から聞いた話で一つ、気になった事があった。

彼はルワンダに帰ったら、婚約者と一緒に個人法律事務所を立ち上げたい、といっていた。

ルワンダで個人事業をするのは簡単なことか?と聞くと、銀行からお金さえ借りれれば大丈夫だろうというので、ルワンダにおける事業用資金の銀行融資利率の相場を聞くと「だいたい年利20%前後かな」という。

これは少しびっくりした。まあ何の裏付け資料もないから、実際のところはわからないけど、もしこれがほんとだとしたら、銀行からの融資利率がサラ金なみではないか。
ルワンダをはじめとしたアフリカ経済がずっとテイクオフできないのも、金融経済の未発達に帰する部分も多分にあるのだなと思った。

日本も中小企業が銀行から融資を受けられない場合は一気に商工ローンみたいなところに駆け込まなければならず、そのメザニンがないのが問題だとされている。でも比較論的にはまだマシかもしれない。
銀行から融資を受ける際に年利数十パーセントとか言われたら、それだけで事業意欲が削がれてしまう。

僕がこの話にちょっと興味をもったのは、2006年のノーベル平和賞がマイクロクレジットを実践するグラマン銀行の創立者Muhammad Yunus(バングラデシュ人)に与えられたというニュースを思い出したからだ。

Yunusは、1万円、2万円といった単位で融資を必要とする人達に低利無担保で貸し付けを行った。1万円、2万円だけでも途上国の低所得者層からすればなかなかアクセスができない資金だ。返済率は非常に高く、かつ融資を受けた人達が貧困から脱出するのに大きく寄与したと聞く。例えば鶏肉を売るためにまず卵を仕入れる、井戸を掘るためにスコップを買う、といったことにその数万円を使う訳だ。

途上国経済のテイクオフには重厚長大型社会インフラ整備の他にも必要なことがある気がする。



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2007/01/25

バンコク深夜

ホテルのロビーを出た。

バンコクの暗闇の中を走るべく、ホテル前に停まっていたタクシーに乗り込む。

僕とエリカは目をあわせ、ほっと息をついた。

そして僕は、僕の手をそっと握る彼女の手の温かさに気づいた。

バンコクは夜が更けてもその喧噪が静まる事は無く、人々の欲望と寂しさと悲しみと虚栄を全部織り交ぜて、ますますネオンを輝かせている。



そんな街の光景をみつめていると、タクシーは意外なところで停まった。

そして僕の横のドアをあけてくれた紳士がいた。

フクロウだった。

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エリカは叫びに鳴らない声を上げると、反対側のドアから飛び出そうとした。ドアはなぜか開かない。

僕は状況を掴めず、とりあえずフクロウに「やあ」と間抜けな挨拶をした。

フクロウは言った。「ご苦労さま。」

僕はエリカの方を振り返った。エリカは観念したようにうつむいた。
そして一言、小さく僕に囁いた。「本当はあなたとずっと一緒にいたかったから。」

そう言い残すと、ブルガリ国の末裔は、大男の手荒いエスコートを受けながらベントレーに乗り込んだ。

何度も何度も振り返り、僕をみつめる彼女の表情を、僕は今でもよく思い出す。 


(フィクションでした おしまい)


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2007/01/23

ブルガリ

エリカは、最近はすっかりパリとバンコクの往復の生活だ、と言った。

パリ北駅で見かけたエリカの残像のことについて尋ねてみたが、チガウトオモウ、と言う。まあそのことはもういいだろう。僕の勘違いかもしれない。

とにかく僕は彼女に今まで聞けなかった事の幾つかを今度こそ確かめようと意を決した。

「君が何度もタイに行っていたのは、バカンスのためじゃないね。あいつらのマツエイはタイにいる。それを確かめるためだろう?」。

「さすが人探しのプロね。」彼女はそう応えると、あとは否定も肯定もしなかった。

「とにかく私があなたに伝えておかなければいけないのは、、あなたも私もここに長くは居れないってこと。じきにフクロウ達がやってくるわ。あなたも同業者なら分かるでしょう?」。僕は小さく頷くと、Lipsの腕時計の針をもう一度確かめた。

...........

あいつらの末裔とは、それはつまりブルガリ国の王族の末裔のことだ。

東欧に位置するブルガリ国の王制が共産革命で倒れた際、王族は処刑を逃れてパリに亡命し、その後身分を隠してひっそりと生き続けていると長い間信じられていた。

その後時代もまた変わり、ブルガリ国及びその周辺諸国の独裁的共産政権が倒れた。

そして元々の王位継承者を再び元首に沿え、王制国家として国の威信を取り戻すべきという政治運動が高まった。そこで権力のおこぼれに預かろうとする人々は国を跨いで末裔探しに血眼になっていたわけだ。

そこに僕らのビジネスが成り立っていた経緯がある。

僕らのクライアント、つまりブルガリ国の豊富な金鉱資源の採掘権掌握を狙うダビアスグループからは、個人事務所がバイトを雇ってやっていくには十分すぎるくらいの資金が入っていた。

でも末裔はパリにはいなかった。すくなくとも僕の心ばかりのプロフェッショナリズムの誇りをかけていえば、そうである。フクロウとバイトと僕の三人でパリ中のありとあらゆる住民台帳を調べ、ありとあらゆる番地をつぶしていった。

パリではなくタイにブルガリ国の末裔がいる、という噂は一部の同業者の間でも囁かれていたし、僕もその可能性はあると思っていた。タイ北部の革命ゲリラはブルガリ王族をかくまうことでその莫大な財産の一部を手に入れ、タイ警察権力も立ち入れないくらいの影響力を保っていたと考えれば合点が行く。



「とにかく、もうここには居れないわ。」彼女は僕に一緒に部屋を出るように促した。


(フィクション つづく)


※暫くお休みしていましたが、今後もたまに更新していく予定です。



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2006/12/27

Such a bad experience never again

エリカからの電話のメッセージはいささか唐突であった。

僕はなんだかよくわからなくなって、とりあえず部屋の棚にあったバーボンをコップに注ぎ、ぐいっと飲み干した。

確かにエリカが僕の居場所を見つけるのはそう難しいことではないはずだった。
そもそもコンラッドは彼女のお気に入りだ。僕がここを取ったのも、他に「大人が泊まるのに十分まともな」バンコクのホテルの名前を聞いた記憶がなかったからだ。

さあ面倒くさい事になってきたぞ。

少し酒が回りクラクラしていた。だからシリアスに考えこんでいたといえばまあ嘘になる。でもとにかくエリカは何故??

奇天烈な現実と空想の境。。

テレビをつけて暫くぼーっとしていた。ニュースキャスターがタイ語でおそらく「今年の気候は異常なことになっています」というようなことを話しながら、各地の洪水やストームの映像を流していた。

ベッドに横になっているうちに、少しウトウトしていた。


そこに突然チャイムが鳴った。急いでガウンの紐をしっかりと締め、覗き穴を見ると懐かしい顔が見えた。

エリカだった。

ドアをあける。

「久しぶりの再会ね。」

彼女は拍子抜けするぐらいあっけらかんとした笑顔でそう言った。




(作り話 つづく(予定です))








閑話休題。

007「カジノ•ロワイヤル」、日本でも007最高傑作といわれるぐらい評判だったらしいですね。

僕もDVDでもう一回観てもいいかなと考えているぐらいだから納得。ちなみに昔の記事でソニー製品ばかりが映画の中に登場することに文句を言ったことがあるけど、どうもソニーのストリンガーCEOはこれこそ『プロダクト・プレイスメント(企業の商品を目立つように配置する広告手法)』モデルと言っていたそう。ソニーピクチャーズは007欲しさにMGMを買収したと言われているという話を聞いて、「そーかー、ソニーのおじさん達もジェームスボンドに憧れたわけね。その気持ちよく分かるよ」と思ったのだけど、垂直統合のビジネスモデルのため、とか聞くと少しげんなりしますね。映画見ている人達はソニーが期待しているよりずっと冷めてると思いますよー。

今日ちょっと辛口なのは(いつもですか?)用事があるためにいつもよりかなり早く頑張って起き、目をこすりこすり朝まだ暗い中駅に行ったのに「今日はストです」との掲示にがっくりしたわけなので。。駅の窓口でてんやわんや対応している駅員達をみて、あーもうなんかほんとトホホ。。。ストしたせいで普段より職員の業務量が増えて大変なんてほんとバカみたいじゃん。ストしたくなる気持ちも少しは分からなくもないけど、これは近視的愚かさ、フランス社会の病魔。労働者の権利を否定するつもりはないけど、ともかくフランスではマルクスがまだ存命なようで、「労働者は大資本家に搾取され続けているのでいつか革命を」というイリュージョンを疑いもなく持ち続けている希有な国だと思います。昔誰か有名なフランス人が「フランス人は根本的に共産主義者である」といったという記事をみたことがあって、自由主義国家フランスが共産主義てドウイウコト??と思ったりもしたけど、住んでみればよくわかるものどすえ。

利潤に占める労働分配率を上げたら税収と配当と再投資が減ってますます社会が窮屈になるのに、とりあえず俺たちの給料をあげろ、というのはおかしいよなあと思うけど、そんなマクロ的説明をいくらしても、それは資本側の論理であり「ムズカシイ本(説明)よりまず明日のパンを頂戴」てことでこういうことになるんだろうか?「本よりパン」て昔東京の地下鉄でよくみたポスターにあった、確か必要な教科書もちゃんと買えない途上国の子供達の窮状を訴えたキャッチコピーで、それは僕の心にかなり響いたけど、でもそれって途上国の話な訳で。。

ちなみに昔僕がベルギーに住んでいたときにベルギーのフラッグシップ、サベナ(SABENA)航空がストを数週間やっていたことがありました。ニュースでは連日その膠着模様を放映していたんだけど、結局サベナ、それが遠因で倒産しちゃった。権利を主張したおかげで権利を失う、てなんかホント切ないですね。ちなみに昔ベルギーの友人に”SABENA” とは何の略か教えてもらいました。彼は笑いながら”Such A Bad Experience Never Again”だって。あーなるほど。

Such a bad experience never again

乱文を失礼いたしました。


※先々週に書いてほったらかしにしておいたものをアップしたものです。だから「スト」は先々週の話です。



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